イギリスBBC二重被爆男性紹介問題 BBC会長が日本大使館に謝罪文
イギリス・BBCのテレビ番組が、二重被爆者を「世界一運が悪い男」と紹介 - 在英日本大使館が抗議
BBC番組がいかに二重被爆者を取り上げたか 彼らは何と言っていたのか
2011年1月25日(火)17:10
英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介するこのコラム、今週は日本メディアがロンドン発で一斉に報じてからここ数日話題となっている、BBC のコメディトーク番組についてです。「二重被爆者の方を笑った」という報道がされ、被爆者やご家族の方々を始め、多くの日本人が怒っているこの件を、英国メディアも伝えています。このコラムではそれに加えて、では番組で実際にいったい何がどう言われていたのかを少しご紹介したいと思います。どういうことだったのか、よろしければ各自でご判断いただきたいからです。(gooニュース 加藤祐子)
○BBCが謝罪した内容は
日本の主要各紙およびNHKが20日から21日にかけて伝え、ネット上でも大変な話題となった話なので、多くの方はすでにご存知でしょう。
英BBCに「QI」という、クイズ形式のコメディトーク番組があります。「QI」とは「quite interesting(なかなか興味深い)」の意味。世の中の様々な興味深い物事、森羅万象に付いて、詳しく知ろうじゃないかという番組です。昨年12月の放送で日本の二重被爆者、山口彊(やまぐち・つとむ)さんを取り上げました。その最中に出演者や観客が笑っている様子を見た在英日本人が大使館に指摘し、大使館がBBCに抗議。日本メディアは、番組が山口さんの体験を「世界で最も不運な男」だと「冗談交じりに取り上げ」たと伝え、ご遺族などに取材。ご遺族や複数の被爆者の方々はBBCに対する怒りをあらわにしました。こうした事態を受けてBBCと番組制作会社が連名で謝罪。内容はこうです。
「気分を害された方々に謝罪します。QIは番組で取り上げる人や話題に関して誰かを不快にさせるつもりなど決してありません。しかし今回の場合、日本の視聴者にとってセンシティブな題材である以上、番組で扱うのはふさわしくないと日本の人たちが感じた理由は理解します(We are sorry for any offence caused. QI never sets out to cause offence with any of the people or subjects it covers. However on this occasion, given the sensitivity of the subject matter for Japanese viewers, we understand why they did not feel it appropriate for inclusion in the programme)」。
——これが日本で伝えられている概要です。
○BBC謝罪について英メディアは
ことの次第について英メディアでは、たとえばBBCニュースが「BBC apologises for Japanese atomic bomb jokes on QI(BBCがQIでの原爆ジョークに謝罪)」という記事を22日付で掲載。「コメディクイズ番組『QI』で交わされたジョークについて、BBCは日本大使館の抗議を受けて謝罪した。番組の回答者たちは、第2次世界大戦で広島とその2日後に長崎で被爆し、生き延びたツトム・ヤマグチの経験を、軽く扱った」と説明し、そして上述したBBCの謝罪を伝えています。
『スコッツマン』紙では「日本大使館から抗議されテレビ番組が謝罪」という記事で、経緯を説明。とりわけ回答者が「爆弾がその人の上に落ちて、跳ねとんだ」とか「要はあれだね、コップは半分空だというか半分入ってるというかで。でもどちらにしても、放射能を帯びてるわけだ」と軽口(quip)を叩いて観客が笑ったことに、日本人が不快感を抱いたと説明しています。
ちなみに「コップは半分空か半分入ってるのか(is the glass half empty or half full)」というのは英語でよく使われる慣用句で、コップに半分水が入っているのを見て「半分入ってる」と前向きにとらえるか「半分空だ(つまり半分しか入ってない)」と後ろ向きにとらえるかはその人次第だと言う意味です。
英『タイムズ』紙(リンク先は豪『オーストラリアン』)の記者で日本取材の経験豊富なリチャード・ロイド=パリー氏は、「原爆生存者について冗談を言ったことをBBCが謝罪」という見出しで、経緯と共に、山口さんの長女・年子さんがNHKの取材に対し「許せないです。おもしろおかしくとりあげるってことは。核を持ってる国、落とした側に、運が悪いとかいいとか言われたくない」と語った様子を紹介。さらにロンドンの日本大使館の広報官が同紙の取材に答えて、「番組は、山口さんを笑っていた(mocking)というよりはイギリスの鉄道を笑っていたのだと承知している。しかし山口さんの体験をこういう番組で扱うのはまったく不適切で無神経だった」と話したことを伝えています。
保守系『テレグラフ』紙は、「原爆ジョーク」について日本から抗議されてBBCが謝罪したと手短に伝えています。同紙の場合、記事内容は事実関係のみですが、コメント欄が日本人には辛く厳しいものになっています。保守系の同紙だから、というのも多少はあるでしょうが、日本をよく知らない多くのイギリス人ならこの件についてこう反論してくるだろうと予想できるそのままの内容です。「なぜ謝罪?」、「何が問題なんだ? 真面目な顔をしていないと原爆の話はしちゃいけないのか?」など。さらには「慰安婦問題」や「日本軍による英兵捕虜虐待」や「南京虐殺」を引き合いに出して、彼らが「加害者」と思う日本人の反応を批判したり、当惑したりしています。
ことの顛末を知った多くのイギリス人は「なぜ謝罪?」、「何が問題なんだ?」と感じている。実を言えば私のイギリス人の知り合いたち、そしてネット上でやりとりするイギリス人の多くも、「なんでそんなに怒るの?」という反応でした。ことさらに保守でも、もちろん反日的でもないのに。「日本人が原爆でつらい思いをしたのはよく分かるけど、でもあの番組が笑っていたのは、日本の鉄道のすごさとイギリスの鉄道の駄目さ加減だったのに」と当惑していました。まさに、『タイムズ』紙の取材にロンドンの日本大使館が答えたのと同じことです。
日本の新聞報道でも、番組の出演者たちが、広島原爆投下の翌日から鉄道が動いていた日本とイギリスの鉄道を対比していたと紹介されていました。では実際に番組で、彼らは何と言っていたのか。
○彼らは何を言っていたのか
24日朝まではYouTubeやBBCサイトで観られていた動画が、その後、削除されてしまったので、もはや実際に画像とテキストをつきあわせて各自が自分で検証するわけにいかなくなってしまいました。とても残念です。削除される前に私が動画を観て、(複数の方のご助力を得て)確認していた内容の一部を抜粋して、ご紹介します。
司会者の名前はスティーブン・フライ。「SF」と表記します。その他のイニシャルの人たちは回答者(みんなコメディアンです)。(略)としているのはその間に言葉のやりとりなどがあったことを意味します。
SF: 世界で一番不幸な男の何が幸運なんだと思う?(略) えーと、この人は見方によって、最も不運とも最も幸運とも言えるんだ。(略) 彼の名前は、ツトム・ヤマグチ。2010年1月に93歳で亡くなっている。ずいぶん長生きだったから、それほど不運だったとも言えないね。
(略)
AD: 爆弾がその人の上に落ちて、跳ねとんだとか。
(会場笑い)
SF: この人は原爆が爆発したときに商用で広島にいて、ひどい火傷を負ったんだ(略) 次の日、彼は汽車に乗って、ということは驚いたことに、原爆が落ちた翌日なのに鉄道は動いていたわけだよ。なので彼は長崎へ汽車に乗って、そこでまた原爆が落ちたんだ。
(会場笑い。回答者の一人ははすごいな……と言いたそうな表情で首を振っている。背景には、二つのキノコ雲の写真とその間に山口さんの大きな写真)
SF: 彼は称えられ、ある種の英雄のように扱われて、でも二度被爆した人としてようやく正式に認定されたのは90代になってからだった。
(略)
RB: 要はあれだね、杯は半分空だというか半分入ってるというかで。でもどちらにしても、放射能を帯びてるわけだ。だから、飲んじゃダメだよ。
(会場笑い)(略)
SF: でも僕が何に驚いたって、広島に原爆を落としたのに次の日には鉄道がもう動いていたっていうのが。だってこの国だったら……。
(略)
BB: 枯れ葉が何枚か落ちただけで、もう終わりだ。
(訳注・イギリスでは英国鉄道が列車遅延の理由として、落葉や「the wrong kind of snow(雪の種類がダメ、違ってる)」と説明して国民に馬鹿にされるので。これに引っ掛けたジョークが以下続く)
(略)
BB: 爆弾の種類がダメなんですよ(It's the wrong kind of bomb)、爆弾の種類がダメなんです。
(みんな大笑い、以下ずっと笑いが続く)
SF: (駅アナウンスを真似して) 明らかに、爆弾の種類が合ってましたから(It was the right kind of bomb)。大丈夫ですよみなさん、心配しないで、爆弾の種類は合ってますから。
——などなどです。もっとほかにもやりとりはありますが、引用の範囲にとどめようと思います。
イギリス人が「だってあれはイギリスの鉄道をバカにしてたのに」と当惑する理由が、これで少しでも伝わったならいいな、と思います。
この番組内容について、日本では「二重被爆者を嘲笑」(時事通信)し、「被爆者を愚弄」(日経新聞)し、「二重被爆者を笑いのタネ」(共同通信、読売新聞)にした、「被爆者を笑った放送」(朝日新聞)だったと報道されました。対して私は、嘲笑や愚弄というよりは、日本人が被爆体験に抱き続けるヒリヒリした痛みと悼みに対して無理解で無神経だったことによる、過ちだったと思っています。過失です。過失だからと言って免罪にはなりませんが、悪意はなかったと。悪意がなかったからと言って免罪にはならないが、それでも悪意はなかったのだと。擁護と言われれば擁護でしょう。でも無罪判決を勝ち取ろうとしているのではなく、少しでも情状酌量してもらえないかと思っているのです。
二重被爆者の体験をこういう番組でこういう形で取り上げるべきではなかったと私も思うし、一部の回答者の軽口や会場の笑い声はとても不快でした。日本人がこの件でBBCを叱るのは当然で必要なことだと思う。それでも尚。被爆者に対する嘲笑や愚弄ではなかったと思うのです。少なくともスティーブン・フライについては。
スティーブン・フライという人は、イギリスでは誰もが知っているコメディアンであり知識人です。英コメディの大傑作と世代を超えて評価される『Blackadder』というシリーズにレギュラー出演していたほか、自分のヒット番組をいくつも持ち、自伝や小説や書評など著作も多く、博学で、社会問題についても深い見識と洞察を示してきた人です。そして(イギリスでは周知のことですが)彼は同性愛がまだイギリスで犯罪だった時代に生まれ、その中で自分が同性愛者だと自覚しながら少年時代を送った人です。学校になじめず詐欺罪で逮捕・投獄。自分を必死に立て直してケンブリッジ大に入学しスターになったものの、双極性障害に苦しむようになる。自分が生まれる前に親類がアウシュビッツで殺されていたことも、後から知るに至る。つまり彼自身が色々な意味でマイノリティであり、そういう姿を世間にさらしながら、自分の才能と知性で身を興した人です。
そういう彼の言動を以前から見ていた私は正直いって、このニュースを最初に聞いたとき、「スティーブン・フライともあろう人が、被爆者を笑いものにするはずがない」と強く思いました。そして日本で騒ぎになっていると知った複数のイギリス人知人が「彼はまともな人間だ。被爆者を嘲笑するつもりなんて絶対なかったよ」と私に連絡してきました。彼に対する信頼があるから、多くのイギリス人は「嘲笑じゃないのに」と思い、日本人の反応に当惑しているというのがまず一つあります。
そしてもう一つ。これは日本とイギリスでの「笑い」に対する感覚の違いだと思うのですが、イギリスのコメディというのは、世の中の現実をありのままに赤裸々に語ろうとする表現方法です。世の中の様々な「負」を、バカバカしく奇妙でネガティブなものを、アイロニーを通じて浮き彫りにしようとする手段です。日本で思われているほど、題材そのものがアンタッチャブルだというタブーはありません。弱者・被害者をわざと傷つける表現方法は、もちろんタブーですが。
「笑い」というものはそういうもの、スティーブン・フライと言えばそういう人——と思っているイギリス人は、だからあの番組に多くの日本人が怒り悲しんでいると言われても、なかなかピンと来ないようなのです。このギャップをどうやって埋めたらいいのか、両国の心ある人たちの感情が不要にこわばらないためには、自分に何ができるのか、ずっと考えています。日本人として。イギリス生活経験者として。イギリス・コメディを愛する者として。そして再び、日本人として。
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